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オルメカ文化研究者の日誌
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さて、前回の更新からまただいぶ日が経ってしまいましたが、久々に更新を。

実は前のセメスターから今回のセメスターにかけて、いろいろとあってバタバタしてました。

まず、6月上旬にベラクルス大学で常勤の教員募集があり、僕ももちろん試験に参加しました。事前の情報では僕を含めて少なくとも4人は参加するだろうという事でしたが、結局、締め切りまでに書類を提出できたのは3人だけでした。

そして、試験の当日になって一人が書類の不備と遅刻が理由で試験を受けられなくなり、結局は僕ともう一人が試験を受けました。試験は一応、1時間くらいという事だったので、40分ほどで課題として出されていた6コマの授業の授業計画の発表と実習を行なうためのプロジェクトの説明をしました。

普通はここから質疑応答に入って本格的な試験になるんだと思ったので、質問やコメントなどはないかと審査官の先生達に聞いたのですが、5人の先生全員何も質問もコメントもしてこないので、仕方なくパソコンを片付けたりしていました...。このとき、これはダメかなと思いました...。

ほぼ片付けが終わった頃に、一人の先生がコメントを述べ始めて、色々と発表した内容について質問を始めたので、それに答えました。すると、堰を切ったように次々と他の先生方も質問やコメントを始め、結局、さらに40分以上質問攻めにあいました...。

さすがに、終わった時にはもう、上手く出来たのかどうかも良く分からないほどにクタクタでした....。まあ、終わってしまった事を色々と考えても仕方がないので、そのまま、実習室に戻り学生達と実習の整理作業をしました。授業期間中に整理作業が終わらなかったので、時間がある学生達に続きをやってもらっていたのです。

試験の結果は、5日後ということだったので、本来なら5日間結果が気になってしょうがなかったんでしょうが、幸か不幸かその間も整理作業を学生達としなければいけなかったので、試験結果の事を考える暇がありませんでした。

そして、結果発表の当日の午前中、何度か学部の掲示板を見に行ったのですが、一向に結果が貼り出される気配は無し...。お昼すぎになって見に行った時にようやく、学部長が結果を貼り出すところでした。で、彼に「おめでとう」と言われ、結果の紙を見る前に僕が試験に通った事が分かりました。で、そのまま学部長の秘書のところに行って必要な書類にサインするようにと言われ、言われるがままに2、3枚の紙にサインをしたら、「はい、おしまい」って感じ。「え、これだけ???」「本当に次のセメスターから常勤なの???」と思って、「これで、おしまい?」って聞いたら、「そう、これでおしまい」。

結局、なんだか狐につままれたようなまま再び実習室に戻って学生達と整理作業の続きをする事に...。学生達に、「結果はどうだった?」と聞かれたので「僕が試験通ったから次のセメスターでも授業をやるよ」というと、皆から「おめでとう」と言われ、この時、ようやく少しだけ合格した実感が湧きました。

で、早速、まずは大学院の指導教官の先生に合格報告の電話をかけました。すると、先生もすごく喜んでくれたので、少しだけ恩返しが出来たのかなと思ったんですが、そこは僕の先生の方が一枚上手で、すかさず「早く博論を終わらせる事を忘れないように」としっかりと釘を刺されました...。がんばります...。

その後は、この試験のために色々と助けてくれた友人達や、結果を気にしてくれていた友人達に合格の報告。そのままの流れで、その日は久しぶりに友人達と呑みに行く事に。ところが、友人達との約束の時間になっても学生達の整理作業は終わらず帰る気配無し...。仕方なく、友人達に遅れる事を伝え学生達に付き合っていたのですが、さすがに1時間以上友人達を待たせているのも気が引けたので、学生達に「続きは明日やろう」と言ってその日の作業は終わりにする事にしました。

そんな訳で、2時間近く遅くなってしまったのですが、友人達はちゃんと待っていてくれました。皆からお祝いしてもらったあと、友人達のうち試験の審査官をしていた二人が裏話を色々と教えてくれました。試験自体は、もう一人の参加者の方が出来は良かったそうです。ただ、彼が準備してきたプロジェクトは発掘ではなく表面採集の調査で、出版物も0だったそうです。一方、僕は大学としては発掘の調査が必要だと言う事を知っていたので、発掘調査のプロジェクトを準備して行き、ここ3年間の出版物も小さなものが幾つかあったので、そこで逆転する事が出来たそうです。いやはや、どこで何が役に立つか分からないです...。

実は、この翌日から他の友人達とカンペチェ州のマヤ遺跡(このブログでも度々登場しているエル・パルマール遺跡)の発掘に行く事になっていたので、この日はあまり深酒はせずにお開きとなりました。で、今日もまた長くなってしまったので、その話は、また次回と言う事で。

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今日は久しぶりにのんびりとした週末なので、昨日作ったカレーライスを食べながら、久々のブログ更新。今回も文章長いですよ...。

先週末、木曜日から日曜日にかけてベラクルス南部に小旅行に出かけました。
目的は3つ。

1つ目で最大の目的は、今計画している僕自身のプロジェクト実現の為に、現地の人とコンタクトを取ること。
2つ目は、僕の指導教官の先生が発掘しているサン・ロレンソ遺跡の「赤の宮殿」を僕自身の目で見ること。
3つ目は、今まで参加していたロス・ソルダードス遺跡の発掘現場を見学すること。

明け方3時半に起床して支度と整え、5時5分くらいにロベルトの家まで行くと、ロベルトは家のまで僕のことを待ってました...。確かに、5分遅れたけど...。

とりあえず、僕の車をロベルトの家の前に置いて、荷物を彼の車に移して早速ベラクルス南部に向けて出発。この日は、小雨がぱらついていたのですが、ハラパを出る頃には濃い霧に覆われて視界が殆ど無い状態に...。ただ、ハラパは山の上にあるのでハラパを出る頃には霧は無くなりました。

高速道路を乗り継いで、最初の目的地に着いたのは9時少し前。San Isidroという小さな村。村の周りには、というか村を含めた一帯が僕が今計画しているプロジェクトを実施する為の遺跡、エステロ・ラボン遺跡が広がっています。まずは、遺跡中心部への入り口がある村はずれの小さな商店の前で、ロベルトが持ってきてくれた軽い朝食を。腹ごしらえをした後に、村の代表者を探して話をしようという計画。

で、お店の人に、村の代表社はどこに住んでいるのかと尋ねてみると、「ちょっと、待って」と言われ、ロベルトと二人で「???」。ただ、どこに住んでるか聞いただけなのに?すると、店の女性が店の前に椅子を出してくれて、座れと言う。

そう、たまたま尋ねたこのお店の主人がこの村の代表者の一人でした。
そんな訳で、偶然手間が一つ省けました。村の代表者はラウレアーノさん。まずは、自己紹介をして今回の訪問の目的を説明。反応はかなりいい感じでした。特に僕のプロジェクトがベラクルス大学の学生の為であるという教育的側面を気に入ってくれたようでした。途中から、彼の家の敷地から出てきたという様々な遺物の個人コレクションも見せてもらいました。その中には、僕の狙いどおりオルメカ文化の遺物もかなり含まれているようでした。そして、3ヶ月毎に村の会合があるのでそこに他の人たちに説明してはどうかと勧められ、僕としても調査を始める前には必ずやらなければいけないことなので、二つ返事で承諾し、今回の目的を完璧に達成することができその場を離れ次の目的地サン・ロレンソ遺跡へと向かいました。

  
(エステロ・ラボン遺跡と村に残されている石彫)

まずは、サン・ロレンソ遺跡の二次センターだったと考えられているロマ・デル・サポーテ遺跡で発掘している友人のマリアの現場へ。マリアは僕らが1月と2月に調査した現場の時よりもさらに日焼けして大変そうでしたが、元気そうで楽しそうに働いているようで安心しました。ロス・ソルダードス遺跡でも調査を手伝ってくれた作業員さんの一人も一緒に働いていて、久々に再会することが出来ました。まだ、調査中の現場なので細かい内容は書けませんが、とても興味深い発見があるようです。

マリアの発掘現場見学は早めに切り上げ、今回の目的の一つ、「赤の宮殿」があるサン・ロレンソ遺跡の発掘現場へと向かいました。現場につくと、サイファース先生が僕らより先に来ていた訪問者の人たちを案内している所でした。僕らも早速彼らに合流して、発掘現場を見せてもらうことが出来ました。ついに、念願の「赤の宮殿」との対面。

サン・ロレンソ遺跡のオルメカ文化の遺構は、現在の地表面から3m以上下にあるので当然普段は見ることができません。ですので、今までは写真でしか見たことが無かったのですが、想像していた以上に大きくて驚きです。2月上旬から発掘されているのですが、まだ完全には前回の発掘で到達した所まではたどり着いていないそうです。また、時間をつくって調査終了間際に見に行かないと。

ここでは、友人のエリカ、エルビア、アレハンドロ達が働いていました。彼らに会うのもかなり久しぶりでしたが、みんな元気そうでした。他の訪問者の人たちがロマ・デル・サポーテ遺跡の現場を見ていないということで、再び皆でそちらの現場へ移動して、その後はキャンプハウスのある博物館へ移動。そこで皆で巨石人頭像と写真撮影。


(記念写真)

キャンプハウスには、エリカと交代で現場に出ているビッキーが博論を進めていました。そこで、彼女の博論の進み具合を教えてもらいながら、皆が帰ってくるのを待ちました。ビッキーもかなり博論が進んでいるようで、ちょっと焦りましたが、競争しているわけでもないし...。と少し自分を甘やかしていると、すかさず、サイファース先生から僕の博論の状況を聞かれ、しっかりと尻を叩かれました...。がんばります...。


皆が帰ってきた後は、マリア、エリカ、ビッキーとサン・ロレンソの村で食事をとり、5人でミナティトランに野球観戦にでかけました。彼女達は日曜日から木曜日に現場なので仕事が終わると、ミナティトランの近くにある大学のキャンプハウスに移動して週末を過ごしているのです。とはいえ、完全にお休みになるのではなく、金曜日には近くの小中学校で、サイファース先生を中心に交代でオルメカ文化に関する講演会を開いていて、土曜日の午後には日曜日からの仕事の為に現場に戻るそうで、ほとんど休み無しらしいです...。大変だあ...。

で、この日は野球観戦のあと大学のキャンプハウスに泊めてもらい、翌朝、皆と別れてロベルトとロス・ソルダードス遺跡へ。キャンプハウスからはおよそ1時間の距離。現場は村の中なので車でぐるっと回ってみると、あちこちで発掘している模様。僕が参加した時にも発掘した小学校の敷地の中で僕らの教え子アレハンドラが発掘しているのを見つけたので、まずはそこへ。

今回の調査では、地下レーダー探査の結果をもとに発掘区を決めているそうで、アレハンドラもその一カ所を担当していました。ここもまだ、調査中なので細かい内容は書けませんが、アレハンドロの説明を聞いて仕事ぶりを見ていると、もう、一人前の考古学者のようでした。

アレハンドラからもう一人の教え子オマールの発掘区を教えてもらい、ロベルトとそちらに向かって歩いていると、村人が一人近づいてきて、「日本人か?」と聞くので「そうだけど、何?」と尋ねると、現場まで連れて行ってくれるというので彼についていくことに。きっと、アレハンドラがトランシーバーでオマールに連絡してくれたのでしょう。本当に気が利く学生です。

発掘現場につくと、オマールが作業員さんに発掘を指示している所でした。一昨年の暮れに、現場に連れて行った時にはまだまだ頼りなかった彼ですが、しっかりとしていてホッとしました。彼ももう一人前の考古学者のようでした。二人を見ていると、成長してくれてすごく嬉しいのですが、何となく寂しい感じもしました...。これからは、こういう場面に出くわすことが多くなるんだろうなと思うと、今のお仕事の新たな良い所が見つかったような気がします。これまた、頑張らないと。

現場には他にも団長のカールが連れてきたアメリカ人の学生達も調査をしていたので、そちらも見せてもらいました。僕が参加した時も、色々と面白いものが見つかったのですが、今回もさらに興味深いものが沢山見つかっているようでした。そうこうしているうちに、ちょっと現場を離れていたカールと彼を手伝って主任調査員として働いているヘンリが戻ってきました。話を聞くと色々と大変なようですが、調査自体はかなり良い成果が出ているとのことで、この先が楽しみです。

この日の夜は当然、キャンプハウスで大宴会!
気がつくと、ラム酒が4本、ビールが無数に空になってました...。翌日は、カールのもう一つの調査地アロージョ・ペスケーロ遺跡に行くことになっていたのですが、僕が寝たのは2時過ぎ...。まあ、よくあることです...。

8時前に目を覚ますと、皆まだ寝ている模様。とりあえず、シャワーを浴びようと思って行ってみると、水が無い....。しばらくすると、ヘンリが起きてきたので聞くと、2日に1日は断水するとのこと。雨期には洪水に見舞われるベラクルス南部でそんなこともあるのか...。別のタンクに水を溜めているカールの家ではシャワーを浴びれるというので、そちらをかりて、皆が揃った所でアロージョ・ペスケーロ遺跡へ出発。学生達の何人かは完全に二日酔い...。これから、ボートで遺跡に行くのに大丈夫なのか???


(いざ遺跡に向けて出発)

  
(ボートからの風景)

4年前には毎日こうやって現場に向かっていたのを懐かしく思い出しました。
そういえば、その頃、マリアは学部を出たばかりで、エリカとビッキーもまだ修士の学生で当然今よりも頼りなかったけど、熱帯の過酷な環境で頑張ってくれました。今では僕が安心して現場を任せられる数少ない考古学者なのですが。

はて、僕も皆と同じように成長できているのだろうか...。

懐かしの現場についてみると、当時よりも盗掘の跡が増えていました...。そんな所掘ったって何も出てこないのに...。いったい、いつになったらメキシコから盗掘が無くなるんだろう...。僕ら考古学者がもっと頑張って、遺跡や遺物の大切さを普及しないと!!!

 
(盗掘の跡)

今回、この遺跡に来たのはカールが計画している水中考古学の下見なのですが、学生達にとってはちょっとした川遊び。みんなしっかりと水着を着てた。僕はどうしようかとずっと迷っていたのですが、結局、4年前に見たワニのイメージを払拭することができず、ボートから見学。ボートの船頭はこの辺にはいないよと言ってたけど...。やっぱり、ワニは恐いし...。

 
(勇者?たち)

今回は水中考古学を専門にしているカールの学生とプロの潜水士が調査に参加してるのですが、やはり川の水は4年前と同じくかなり濁っていて、調査は大変そうです。ただ、川底付近は流れが速いもののかなり水も澄んでいるようで、何とかなりそうだということでした。どんな結果が出るのか楽しみです。

キャンプハウスに戻ってからは、これまでに発掘された遺物を色々と見せてもらいました。今回はずっとロス・ソルダードス遺跡の横を流れる川の水を使って発掘した土をふるいにかけているそうで、かなり小さな遺物も沢山発見されているようです。

日曜日は、朝8時に皆と別れ、ロベルトともう一人、現場の見学に来ていたヘンリの友人の3人でハラパに向けて帰ることに。途中で、これまたずっと行きたかったエル・マルケシージョ遺跡に立ち寄ることが出来ました。この遺跡も川縁にある遺跡で、数年前に川の増水でオルメカの玉座が発見された遺跡です。ちょっと不便な所にあるので今まで行くことができませんでした。

玉座はもう少し小さいのかと思っていたのですが、想像していたより大きい。やっぱり、遺跡も遺物も実際に自分の目で見ないとダメですね。

 
(エル・マルケシージョ遺跡)

  
(玉座)

今回の小旅行は、かなり疲れたけどお腹いっぱいになりました。さて、今学期のこり1ヶ月、気合いを入れ直してがんばらないと!
かなーり、久々の更新ですが現場から戻ったばかりなので、先週まで約1ヶ月行っていた発掘実習の写真だけ...。
昨日、ようやく今学期の講義が終わりました。とはいえ、まだ今学期の授業が完全に終わったわけではなくて来週1回授業があって、この日は学生さん達のグループ発表に充てています。でも、ようやく徹夜生活から解放されそうです。

それにしても、本当に今回の授業はしんどかった。なんせ、今までオルメカ馬鹿で来たので、メソアメリカについて1から勉強し直しでした(っていうか初めて勉強した事の方が多かったような...)。今学期は祭日などでかなり授業日数が削られたので、最後はかなり駆け足で終わらせてしまったけど、学生さん達は理解してくれたのだろうか...。僕自身が今ひとつ理解できてない感じがするので、きっと無理だろうなあ...。まあ、何かの足しになってくれればそれで良しとするか...。

来週の発表を見ればきっとそれも分かるでしょう。楽しみな反面、ちょっとおっかない気もしますが...。

そう言えば、昨日は授業の前に先学期に受け持った学生さんO君から、今調べている事について意見が欲しいと言われ会う事になっていました。彼自身は以前はマヤ文化に興味があると言っていたのですが、今回は彼の地元周辺(タバスコ州東部)で見つかっているオルメカ文化に関わりがありそうな遺物を集めて小さなカタログのような論文を書きたいという事でした。

その辺りは、メキシコ湾岸のオルメカ文化の端っこの端っこという感じの場所で、ほとんどの遺物は偶然見つかったものや盗掘されたものが多く、残念ながら考古学的なコンテクストの無い遺物が殆どです。そのためか、これまでにまとまって出版される事も無く、地元の小さな博物館に展示される程度でした。

なので、それらが1本の論文にまとめられれば、きっと他の研究者にも有益なものになる事でしょう。彼が、どのようにまとめてくれるかとても楽しみです。草稿が出来上がったら見せてくれるという事だったので、楽しみに待つ事にします。卒論についてもまだテーマが決まらないと言っていたので、これを機会にオルメカ文化に興味を持ってくれると良いのだけど、どうなるか...。

っていうか、僕自身頑張って論文書かないと!!!まずは、今年11月に招待されているオルメカ文化のシンポジウムの原稿書かないと。

もちろん、博論も進めないとね...。
昨年12月から今年1月まで働いていたカンペチェ州のエル・パルマール遺跡のニュースが、ようやく先日発表されました。

英語とスペイン語ですが、リンクを貼っておきますので、のぞいてみて下さい。


ナショナル・ジオグラフィック


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